ニシダ発達プログラム


ニシダ更生プログラムを観て面白かったので感想をいくつか呟きました。

それをまとめてみました。

(呟き自体はさらに細かい話を書いたツリーになっています。)

 

 

面白さと「感動」とグロさ

この規模感で匿名で誰でもコメント出来てしまうという構造である事を踏まえて観れるかという事が重要だと思います。あくまで一例として、その構造でなおかつエンタメじゃなかった場合の最悪のケースを出すと「ネオむぎ茶事件」の少年が2ちゃんねるで煽られていた事など把握していると見え方も変わるかもしれません。(重ねて言いますがそれがエンタメじゃなかった場合の最悪のケースとしてです。ラランドはその構造含めてメディアに出るプロ。)

 

いじり=公開説教=吊し上げ≒マイノリティ断絶

そのあたりの事を考えてゆくと、やはりコメント欄や感想ツイートなどでチラホラ見られる「発達障害」というワードを連想する人も現れてくると思います。

 

ニシダさんがそれに該当するかは置いておいて、ただそれを連想する人がいるのはわかってたとは思います。その上でこれを企画として行ってる。というかどうすればこの企画をそのワードをある程度避けてこのぐらいの反応に留めさせて成立させるかを考えた形跡が見えます。そういう点で見るとこの企画は「環境型ハラスメント」と「障がい者差別」だと捉えられて炎上するリスクがあるギリギリの内容とも言えると思います。

 

炎上ビジネスと侮辱罪の境目

そしてそこまで視聴者の反応を意識した上で「クズ芸人」や「説教コント」の延長線上のエンタメを行おうとするから、むしろお笑い的な臭みは抜いていかざるを得なくなる。最終的にニシダさんが了承しているからこれが公開されているわけですが、お笑いとして提示していたキャラクターに対して「これはリアルだ」と捉えられて皆で石を投げてもよいというルールになった場合、その石を投げられた側はどのラインで誹謗中傷を訴えるのでしょうか?というか誹謗中傷を受けたと判断できるのでしょうか?

  

ニシダさんの周囲の人達のデジタルタトゥー意識

サーヤさん、山里さん、そして意識としてはおそらくもうほとんどタレントと変わらない佐久間さんを除いた周囲のスタッフさん達はこれを動画に残す事の認識ってどれぐらい持たれているのか、ニシダさんへの評価も含めてそれはもちろん個々人でバラつきがあるように感じました。どう見られたいかは人それぞれですし、それこそホームレス排除アートの作者はそのアートの実用性以外にもメッセージを込めて(メッセージが無いメッセージである事も含めて)いると思います。さらに言えばホームレスがそのアートを見た時にどう感じるのかも包括した上で自由です。
 

 

結論、サーヤすげぇ

 

ピン糞のアカウント消すタイミング含めて惚れ惚れしました。


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